歯・口腔の疾患/犬
2017年10月16日 月曜日
犬の齲歯(粘膜フラップ形成による閉鎖法)
こんにちは 院長の伊藤です。
本日ご紹介しますのは、犬の齲歯(虫歯)です。
犬は高齢になるにつれ、歯科疾患の罹患率は上昇します。
犬の歯の疾病では歯周病が圧倒的に多いです。
歯周病においては、歯垢から歯石になり、歯根部から歯槽骨が歯周病菌によって融解・吸収され、歯が抜け落ちるという流れがあります。
幼犬時は飼主様も熱意を持って愛犬のデンタルケアを頑張る方が多いのですが、シニア世代に至るとだんだんデンタルケアが継続できなくなるケースが増えて来ます。
口臭が酷くなり、飼主様の歯石を取って欲しいという依頼は、愛犬が10歳を超えるころになると一挙に増えて来ます。
その一方で、ヒトでは歯科疾患の中で齲歯(虫歯)が占める割合は多いとされます。
犬では齲歯はどうでしょうか?
実は齲歯は比較的少ないとされます。
それはなぜかというと唾液の性状によります。
ヒトは唾液のpHが5~6の中性域に近いものであり、犬のそれはpHが8以上という強アルカリ性です。
虫歯菌が作り出す酸で歯が溶けて虫歯は進行して行きます。
その酸を唾液で中和して、齲歯の進行をくい止めているわけです。
犬の方がヒトよりも虫歯菌の酸を中和するパワーが強いということです。
だからといって、犬が齲歯にならないかと言うとそうではありません。
歯垢(プラーク)は口腔内細菌が作り出した代謝産物です。
この歯垢が石灰化して歯石が形成されます。
一旦、歯垢ができると歯垢の中で虫歯菌は増殖を始めます。
唾液は歯垢の中まで浸透することは出来ないからです。
虫歯菌の酸で歯が融解した状態を齲蝕(うしょく)と言います。
本日はこの齲蝕に焦点を当てて、犬の齲蝕でもここまで進行するのかという話です。
ミュニュチャダックスの翼くん(14歳6か月、去勢済)は左の犬歯あたりを触ると痛がる、食餌が咬みずらそうとのことで来院されました。

翼くんは9年前と6年前に2回、歯石除去(スケーリング)を行っています。
今回も拝見すると歯石は付着していますが、左側の上顎犬歯は付け根から滲出液が出ているようです。
まずはレントゲン撮影を実施しました。

左上顎犬歯を拡大します。
下写真の黄色丸は犬歯の付根近くがくの字に溶けているのが分かります。

齲歯であることが判明しましたので、早速犬歯を抜歯することとスケーリングを実施することとなりました。
まずは右側の歯です。
歯石は付着していますが14.5歳という年齢からすれば、デンタルケアは出来ていると思われます。

歯石をスケーラーで破砕して行きます。

右側の歯石除去した後の写真です。
特に歯周病で右側の抜歯は必要ありません。

次に左側です。

翼くんが痛みを訴えている上顎犬歯を拡大します。
犬歯の付根が炎症を起こしているのが伺えます。

まずは歯石を除去します。

歯石を除去した写真です。

これから犬歯を抜歯します。
犬歯の抜歯は抜歯後の穴(抜歯窩)が大きく、鼻腔へと開通しますので歯肉を切開して粘膜フラップを形成して閉鎖処置が必要となります。
閉鎖処置をしっかりしないと食べた食餌の残渣が鼻腔内へ迷入して気管支炎・肺炎を引き起こす場合があります。
犬歯抜歯のため、犬歯の口吻側(遠心側)の歯肉にメスを入れます。

ついで犬歯の臼歯側(近心側)にメスを入れます。

両端を切開した歯肉をフラップとして利用するために骨膜剥離子で剥離していきます。

歯肉をある程度、歯から剥離できました。

下写真・黄色丸の部位は歯のエナメル質・象牙質が融解して歯髄が露出しています。


ラウンドバーを用いて、犬歯を抜歯しやすいように歯槽骨を切削します。


骨膜剥離子をてこ代わりに犬歯を持ち上げて抜歯します。


犬歯の歯根部を脱臼させました(下黄色矢印)。


犬歯の裏側は歯垢や歯石が付着しています(黄色丸)。

抜歯窩(抜歯後の穴)を十分カバーできる範囲の粘膜フラップを作ります。

抜歯窩周囲をロンジュールでトリミングします。

余裕を持たせて粘膜フラップを形成しました。

抜歯窩は鋭匙で掻爬した後、抗生剤を入れます(黄色矢印)。

次いで粘膜をモノフィラメント吸収糸を用いて縫合します。




モノフィラメント吸収糸による単純結節縫合(下写真黄色丸)は終了です。


スケーリングと抜歯で翼くんの歯と口腔内はスッキリしました。

処置が終わり、麻酔から覚醒したばかりの翼くんです。


さて、今回抜歯した犬歯です(表側)。
犬歯の中央部から歯根部へかけて齲蝕により、歯が溶けているのがお分かり頂けると思います。

犬歯の裏側です。
エナメル質・象牙質は融解して歯髄まで齲蝕が進行していたのが分かります。

下写真の黄色矢印が最初のレントゲン像で描出されていたくの字の吸収像です。

歯根部の遠心側も黄色丸の部位が虫歯菌の酸により溶けています。

犬の虫歯は臨床の現場では比較的遭遇するのは少ないとは思いますが、ヒト同様に疼痛を伴います。
翼くんのように常日頃のデンタルケアをされているケースでも、今回の様に齲歯が出来る場合もあります。
生まれたばかりの子犬には虫歯菌が存在しません。
一般的には、母犬や他の犬が食べたものを食べたり、同じ玩具を使うことで、他の犬の虫歯菌が子犬に移るとされます。
その一方で、犬の虫歯はヒトから移るという説があります。
犬にヒトの食べかけの食物を与えたり、犬が残飯を漁ったりしてヒトの虫歯菌が犬に移ることは十分考えられます。
そうなってくると、やはり日頃のデンタルケアは大切ですね。
その後の翼くんの経過は良好で、歯の痛みからも開放されています。
翼くん、お疲れ様でした!

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本日ご紹介しますのは、犬の齲歯(虫歯)です。
犬は高齢になるにつれ、歯科疾患の罹患率は上昇します。
犬の歯の疾病では歯周病が圧倒的に多いです。
歯周病においては、歯垢から歯石になり、歯根部から歯槽骨が歯周病菌によって融解・吸収され、歯が抜け落ちるという流れがあります。
幼犬時は飼主様も熱意を持って愛犬のデンタルケアを頑張る方が多いのですが、シニア世代に至るとだんだんデンタルケアが継続できなくなるケースが増えて来ます。
口臭が酷くなり、飼主様の歯石を取って欲しいという依頼は、愛犬が10歳を超えるころになると一挙に増えて来ます。
その一方で、ヒトでは歯科疾患の中で齲歯(虫歯)が占める割合は多いとされます。
犬では齲歯はどうでしょうか?
実は齲歯は比較的少ないとされます。
それはなぜかというと唾液の性状によります。
ヒトは唾液のpHが5~6の中性域に近いものであり、犬のそれはpHが8以上という強アルカリ性です。
虫歯菌が作り出す酸で歯が溶けて虫歯は進行して行きます。
その酸を唾液で中和して、齲歯の進行をくい止めているわけです。
犬の方がヒトよりも虫歯菌の酸を中和するパワーが強いということです。
だからといって、犬が齲歯にならないかと言うとそうではありません。
歯垢(プラーク)は口腔内細菌が作り出した代謝産物です。
この歯垢が石灰化して歯石が形成されます。
一旦、歯垢ができると歯垢の中で虫歯菌は増殖を始めます。
唾液は歯垢の中まで浸透することは出来ないからです。
虫歯菌の酸で歯が融解した状態を齲蝕(うしょく)と言います。
本日はこの齲蝕に焦点を当てて、犬の齲蝕でもここまで進行するのかという話です。
ミュニュチャダックスの翼くん(14歳6か月、去勢済)は左の犬歯あたりを触ると痛がる、食餌が咬みずらそうとのことで来院されました。

翼くんは9年前と6年前に2回、歯石除去(スケーリング)を行っています。
今回も拝見すると歯石は付着していますが、左側の上顎犬歯は付け根から滲出液が出ているようです。
まずはレントゲン撮影を実施しました。

左上顎犬歯を拡大します。
下写真の黄色丸は犬歯の付根近くがくの字に溶けているのが分かります。

齲歯であることが判明しましたので、早速犬歯を抜歯することとスケーリングを実施することとなりました。
まずは右側の歯です。
歯石は付着していますが14.5歳という年齢からすれば、デンタルケアは出来ていると思われます。

歯石をスケーラーで破砕して行きます。

右側の歯石除去した後の写真です。
特に歯周病で右側の抜歯は必要ありません。

次に左側です。

翼くんが痛みを訴えている上顎犬歯を拡大します。
犬歯の付根が炎症を起こしているのが伺えます。

まずは歯石を除去します。

歯石を除去した写真です。

これから犬歯を抜歯します。
犬歯の抜歯は抜歯後の穴(抜歯窩)が大きく、鼻腔へと開通しますので歯肉を切開して粘膜フラップを形成して閉鎖処置が必要となります。
閉鎖処置をしっかりしないと食べた食餌の残渣が鼻腔内へ迷入して気管支炎・肺炎を引き起こす場合があります。
犬歯抜歯のため、犬歯の口吻側(遠心側)の歯肉にメスを入れます。

ついで犬歯の臼歯側(近心側)にメスを入れます。

両端を切開した歯肉をフラップとして利用するために骨膜剥離子で剥離していきます。

歯肉をある程度、歯から剥離できました。

下写真・黄色丸の部位は歯のエナメル質・象牙質が融解して歯髄が露出しています。


ラウンドバーを用いて、犬歯を抜歯しやすいように歯槽骨を切削します。


骨膜剥離子をてこ代わりに犬歯を持ち上げて抜歯します。


犬歯の歯根部を脱臼させました(下黄色矢印)。


犬歯の裏側は歯垢や歯石が付着しています(黄色丸)。

抜歯窩(抜歯後の穴)を十分カバーできる範囲の粘膜フラップを作ります。

抜歯窩周囲をロンジュールでトリミングします。

余裕を持たせて粘膜フラップを形成しました。

抜歯窩は鋭匙で掻爬した後、抗生剤を入れます(黄色矢印)。

次いで粘膜をモノフィラメント吸収糸を用いて縫合します。




モノフィラメント吸収糸による単純結節縫合(下写真黄色丸)は終了です。


スケーリングと抜歯で翼くんの歯と口腔内はスッキリしました。

処置が終わり、麻酔から覚醒したばかりの翼くんです。


さて、今回抜歯した犬歯です(表側)。
犬歯の中央部から歯根部へかけて齲蝕により、歯が溶けているのがお分かり頂けると思います。

犬歯の裏側です。
エナメル質・象牙質は融解して歯髄まで齲蝕が進行していたのが分かります。

下写真の黄色矢印が最初のレントゲン像で描出されていたくの字の吸収像です。

歯根部の遠心側も黄色丸の部位が虫歯菌の酸により溶けています。

犬の虫歯は臨床の現場では比較的遭遇するのは少ないとは思いますが、ヒト同様に疼痛を伴います。
翼くんのように常日頃のデンタルケアをされているケースでも、今回の様に齲歯が出来る場合もあります。
生まれたばかりの子犬には虫歯菌が存在しません。
一般的には、母犬や他の犬が食べたものを食べたり、同じ玩具を使うことで、他の犬の虫歯菌が子犬に移るとされます。
その一方で、犬の虫歯はヒトから移るという説があります。
犬にヒトの食べかけの食物を与えたり、犬が残飯を漁ったりしてヒトの虫歯菌が犬に移ることは十分考えられます。
そうなってくると、やはり日頃のデンタルケアは大切ですね。
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投稿者 もねペットクリニック